【イベントレポート】8月9日「サイエンスアゴラ in 前橋 多言語交流DAY」を開催
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2026年8月9日(日)、共愛学園前橋国際大学(群馬県前橋市)で、サイエンスアゴラ連携企画「サイエンスアゴラ in 前橋 多言語交流DAY」を開催しました。地域の方、外国ルーツの当事者・家族、教育・福祉・行政・企業・NPO・大学関係者など、多様な立場の人々が集まり、AI翻訳を使って「ことば」の壁を小さくする可能性と、技術だけでは届かないケアや支援のあり方を、一日を通して考えました。
本イベントは、立命館大学人間科学研究所CAREFILプロジェクト、NPO法人共に暮らす、科学技術振興機構(JST)の共催により実施しました。JST-RISTEX採択プロジェクト「ケアの葛藤によりそい、ケアラーの社会的孤立・孤独を予防する包括的支援システムの構築」と、立命館大学R-GIRO「記号創発システム科学創成」拠点の知見をつなぎ、当事者、研究者、企業、地域の実践者、市民がともに問いを深める「共創」の場を目指しました。

「ことば」は、人と人の間で生まれる
冒頭では、加藤斉史様(国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術開発センター企画運営室 調査役)より、科学と社会の対話を地域にも広げるサイエンスアゴラ連携企画の趣旨が紹介されました。

続いて、山中司氏(立命館大学生命科学部教授)がオープニングトークに登壇。前橋・群馬は外国ルーツの住民が増え、社会の変化が早く表れている地域であり、だからこそ新しい共生のあり方を考える場として重要だと話しました。
山中氏は、AIのような新しい技術が社会を大きく変える可能性を持つ一方、技術を持ってくればすべて解決するわけではないと指摘しました。使う人、支える人、地域の制度や関係性まで含めて考えることが必要であり、この日は現場の実践者や研究者、企業、市民が立場を越えて議論する機会にしたいと呼びかけました。

ことばの壁はどこにあるのか
こどもが「大人の会話」を背負うとき
最初の話題提供では、アジズ・アフメッド氏(NPO法人共に暮らす 代表理事)が、「当事者として語ることばの壁と家族のケア」をテーマに、自身の経験と活動を紹介しました。家族の中で日本語を理解できる子どもが、病院や学校、行政などで大人同士の通訳を担う「ことばのヤングケアラー」。それは、単に言葉を翻訳するだけでなく、家族を安心させたり、大人の感情を受け止めたりする役割まで子どもが背負うことになります。
アジズ氏は、子どもだけを支援対象として見るのではなく、周囲の大人や家族が直接コミュニケーションできる環境を整えることが重要だと説明しました。NPO法人共に暮らすでは、情報支援、居場所づくり、学習支援を柱に、多言語での学校情報の発信、進学ガイダンス、子どもたちが楽しみながら学べる活動などを展開しています。多文化共生は大きな理念だけではなく、一人ひとりが地域で声をかけ合える関係から始まる、と話しました。

データで見る、変わり続ける前橋
続いて、西舘崇氏(共愛学園前橋国際大学 教授)が「データで見る前橋の多文化共生のいま」を報告しました。群馬県・前橋市ではこの10年で外国人住民が大きく増え、ベトナムやネパールをはじめ国籍構成も変化しています。外国人を雇用する事業所や留学生も増える一方、日本語教育を担う人材や支援体制には不足があり、地域の変化に制度が追いついていない面もあることが示されました。
また、自治体の議論では、外国人を単なる労働者ではなく、生活者であり地域の担い手と捉える視点が強まっています。一方で、外国ルーツの住民が日本語でのコミュニケーションに困難を感じる状況や、日本人住民との交流に対する意識の差は長く残っています。西舘教授は、AI翻訳がこうした状況を変える可能性を持つからこそ、「自分の言葉で話すこと」や、相手の文化を知ることの意味もあわせて考える必要があると問いかけました。

日本語教室で見える、生活と進路の「ことばの壁」
神谷敦子氏(日本語・学習支援教室VAMOS 副代表)からは、支援現場で出会った子どもたちの具体的なエピソードが紹介されました。高校入学に必要な大量の書類を本人が教室へ持ち込み、ボランティアと一緒に手続きを確認した例、制服購入に必要な情報が家庭に十分届いていなかった例、英語を母語とする子どもが、日本語で書かれた問題文を読み切れず本来の力を発揮できなかった例など、学習という言葉だけでは捉えきれない壁が日常のあちこちにあります。
そうした現場で、Google翻訳や生成AIは、保護者への連絡や作文の支援など、すでに日常的に使われています。神谷氏は、AIが最初の言語的な壁を下げる力に期待しつつも、子どもや保護者の表情を見ながら一緒に悩み、必要な情報や専門家につなぐ役割は残り続けると話しました。限られたボランティアだけで支援を抱え込むのではなく、学校や地域、専門機関との連携をどうつくるかも大きな課題です。

AI翻訳は壁をどこまで壊せるか
株式会社みらい翻訳の鳥居大祐代表取締役社長からは、リアルタイム翻訳の技術と、その使い方について紹介がありました。会場では実際にリアルタイム翻訳のデモが行われ、話した内容が短い単位で次々と認識・翻訳される様子を紹介しました。アジズ氏がウルドゥー語で話した内容が日本語にすぐに変換される場面もありました。
鳥居氏は、リアルタイム翻訳の価値を「完璧な翻訳」だけに置くのではなく、母語のまま相手に話しかけられる安心感や、直接対話を始めるきっかけにあると説明しました。学校で保護者と教員が直接話せるようになれば、子どもが常に通訳役を担わず、「子どもは子どもでいられる」時間を増やせる可能性があります。一方、感情や文化的文脈の表現、音声認識の難しさ、利用コストなど課題も残ります。AI翻訳はあくまで人が活用する「道具」であり、現場で使いながら改善していく必要があるという立場が示されました。

技術への期待を、ケアの問いへ:パネルディスカッション
後半は、斎藤真緒氏(立命館大学産業社会学部教授)が進行を担当しました。冒頭、JST-RISTEXのCAREFILプロジェクトについて紹介し、ケアを受ける人だけでなく、ケアを担う人の生活や人生にも目を向けることの重要性を説明しました。ことばのヤングケアラーも、日常の中に埋もれやすい「ケア」の一つとして捉え直し、AIが人と人の最初の接点をつくるハードルをどこまで下げられるのか、という問いを提示しました。

パネルでは、会場から集まった質問カードをもとに議論を展開しました。AI翻訳のセキュリティや感情表現、誰もが利用できるための費用や仕組みといった技術面の問いに加え、外国ルーツの若者の在留資格、住民同士の関わり方、日本語・学習支援がボランティアに依存している現状、学校と地域の役割分担、言語の違いが発達上の課題と誤って受け止められる可能性など、教育・福祉・地域政策にまたがる論点が寄せられました。
さらに、「AI翻訳が進化すれば、日本語を学ぶ必要はなくなるのか」という問いも議論されました。登壇者からは、AIによって最初の壁を下げることはできても、日本語を学ぶことや、相手の文化を知ること、人と人が直接関係を築くことまで不要になるわけではないとの意見が共有されました。技術が担う部分と、人が寄り添い、情報や制度につなぐ部分を場面ごとに組み合わせることが、多文化共生の鍵になります。
議論を通じて見えてきたのは、「AIで何ができるか」だけではなく、「AIがある社会で、誰が誰とどのようにつながるのか」という問いでした。前橋の大学、NPO、企業、行政、地域住民が、それぞれの専門性を持ち寄りながら地域の中で関係をつくること自体が、新しい共生の実践になります。
食・音・花を通じて、ことばだけに頼らない交流へ
午前のシンポジウムで「ことばの壁」を考えた後は、食、音、花を入り口に、言葉だけに頼らない交流を体験するプログラムを行いました。聞いて理解するだけでなく、同じものを食べ、音を身体で感じ、自然物を使って自分を表現することで、多文化共生を別の角度から捉え直す時間となりました。
ハラール牛丼を囲む多文化交流ランチ
シンポジウム終了後は、4号館Restaurant Areaで多文化交流ランチを実施しました。地域の飲食店の協力で用意したハラール対応の牛丼を囲み、登壇者と参加者、地域で活動する人々が同じテーブルで交流しました。日本で身近な料理である牛丼を、食の背景が異なる人も一緒に楽しめる形にすること自体が、身近な多文化共生を考えるきっかけになりました。

音の仕組みを、手と耳で体験するメディアアート
昼食時間には、竹本智志氏(東京大学大学院工学系研究科博士課程)と、モジュラーシンセサイザー奏者・制作者の「トマト缶」氏によるメディアアート技術体験会を同時開催しました。会場には、音を細いビーム状に届ける「パラメトリックスピーカー」、物体そのものを振動させてスピーカーに変える「エキサイター」、音を細かな粒に分けて並べ替える「グラニュラー・シンセシス」など、音の聞こえ方や生まれ方を体験できるブースを設置しました。
さらに、古琵琶の音響特性をもとに制作したサウンドモジュールのプロトタイプも展示。普段は意識しにくい「音の届き方」や「音をつくる仕組み」を、装置に触れながら体験することで、科学技術と芸術表現が出会う面白さを共有しました。

花や自然物で「ちょっと話してみたい私のこと」を表す hana-TEM
また、波多野多恵子氏(創価大学文学部講師)と加藤望氏(福山市立大学教育学部准教授)による、親子向けのアート体験「hana-TEM」を実施しました。hana-TEMは、人生の経験を捉える研究法であるTEM(複線径路等至性アプローチ)の考え方をもとに、花や葉などの自然物を使って、自分の経験や気持ちを表現する方法です。
この日のテーマは「ちょっと話してみたい私のこと」。参加者は、言葉にしにくい気持ちも花の色や形、配置に託し、作品を手がかりに家族や周囲の人と話しました。作品を「上手につくる」ことではなく、自分が選んだものから対話を始めることが中心です。午前にAI翻訳を通して言語的な壁を考えた日に、非言語の表現から人とつながるもう一つの入口が加わりました。

前橋の「知の交差点」から、次の共創へ
今回の「多言語交流DAY」は、AI翻訳の性能を紹介するだけのイベントではありませんでした。当事者の経験、地域のデータ、日本語・学習支援の実践、企業の技術、ケア研究、アート表現を一つの場に持ち寄ることで、問いは「便利な技術をどう使うか」から、「誰もが安心してつながるために、誰が何を担うのか」へと広がりました。
AI翻訳は、人と人が出会う最初のハードルを下げる有力な道具です。しかし、その先には、相手を知ろうとすること、必要な支援につなぐこと、地域で関係をつくることが残ります。地域の大学もまた、海外との交流だけではなく、足元にある多様な文化や言語と向き合う「地域に根ざしたグローバル化」の拠点になり得ます。前橋で生まれた今回の対話を、大学、NPO、企業、行政、市民による次の実践へつないでいきます。

開催概要
イベント名 | 令和8年度 未来共創推進事業 サイエンスアゴラ連携企画「サイエンスアゴラ in 前橋 多言語交流DAY」 |
日時 | 2026年8月9日(日)10:00~15:00 |
会場 | 共愛学園前橋国際大学 4号館 KYOAI COMMONS/6号館 KYOAI CO-INNOVATION HUB(群馬県前橋市小屋原町1154-4) |
共催 | 立命館大学人間科学研究所CAREFILプロジェクト、NPO法人共に暮らす、科学技術振興機構(JST) |
協力 | 共愛学園前橋国際大学、株式会社みらい翻訳 |
運営 | 一般社団法人インパクトラボ |
後援 | 群馬県、前橋市 |

